雨降りの日の感覚

寒々と雨の降っていた連休初日の昨日、
ちょうど読んでいた小説に雨降りの日の感覚についての記述があったのでヌキガキ。

音とともに倉沢が雨で好きなことにもうひとつ匂いがあった。雨の日にはふだんは眠りこんでいる原始的な感覚のいくつかが甦ってくるようで、たとえば嗅覚が鋭敏になったような気がするのもそうしたことの一つだった。実際雨の日に窓を開けて空気を吸いこむと何か生き返った思いをすることがあって、たぶんそれは雨水の雫それ自体に匂いがあるわけではなく、樹や草や土の匂い、虫の死骸や犬猫の毛皮や家々の台所の煮炊きの匂い、その他あたりに漂っている無数の匂いが不意になまなましくこちらの鼻孔に迫ってくるからなのではないだろうか。雨が降り出すとどうしてこういろいろなものが近くに匂うのか。


松浦寿輝「夕占」(1996年、『もののたはむれ』所収)
(註:太字部分は本文では傍点あり)

もののたはむれ (文春文庫)

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