博物館ラブ

コンビニの雑誌棚に刺さっていた『BRUTUS』の最新号の表紙に踊る特集タイトルに
一瞬にして惹きつけられて、反射的に即買い。特集は「博物館ラブ」。


「museum」という言葉やその概念の概説めいた記事や、全国各地の博物館、
とりわけ古くからありながらも、脱皮を図ろうとしている博物館に光を当てた特集。
かなり私の興味関心にど真ん中な特集です。


大学に入った年に『異人論序説』を読んで一時期その著書の虜になったことのある
民俗学者赤坂憲雄氏も自身が館長を務める福島県立博物館での話を通じて、
「博物館のなしえること」を語っているようです(未読)。


何より編集者の「博物館ラブ」が伝わるのは、
特集のトップページに東大総合研究博物館のコアな展示を持ってきているところ。
最近は写真家の上田義彦氏とコラボして、収蔵物を写真にして展示するなど、
おもしろいことをやっています。


第二弾となった今年の「鳥のビオソフィア:山階コレクションへの誘い」展には
行けずじまいでしたが、昨年の第一弾「CHAMBER of CURIOSITIES」については
ずいぶん前に私自身、日記にも書いていたので長いですが全文転載します。


ミュージアムと綺想


土曜の昼下がり、本郷へ。
東大総合研究博物館で開催中の企画展「東京大学コレクション 写真家上田義彦マニエリスム博物誌」を観るため。
本展は東大が保有している学術標本を広告写真家・上田義彦が撮った写真によって構成するという一風変わった企画展示。


主催者側は、「メカニックな眼差しに特徴があり」学術研究の場では重用されてきた記録写真と、「独特の奥行きと柔らかさに包まれ、作家性を強く主張」する「上田さんのカメラ眼」とをぶつけ合うことによって「東京大学の由緒正しい学術標本を真正面から見据えたこの偏愛的博物誌は、『フォトアート&サイエンス』の協働作業の成果として、世界的に見て例のないもの」、と説明している。


展示されている作品のほとんどは貼り付けた写真のような哺乳類動物の骨格標本や、爬虫類・両生類の液浸標本などを黒バックで撮った作品で、総点数はそう多くない。


このように、通常の写真作家の作品展といった体ではない性格であったものの、鑑賞前に予期していたほどには「上田義彦っぽくない写真展」ではなく、むしろ非常に上田義彦の作品性と調和しているようにさえ思えた。


そう感じられたのは、展示されている作品の中に、前述の主催者側の言葉にあるような「独特の奥行きと柔らかさ」といった上田の作家性が否応なく刻印されているという理由ばかりでなく、広告写真という媒体と学術標本という対象は、そもそも親和的なもの同士なのではないかと、途中から思い当たった。


写真2のような骨格標本を写した作品は、特にそれを気付かせてくれると思う。


この骨格の主が生きていた時さながらに組み上げられ、しかし肉も毛皮もなく、絶対にこのようには存在し得なかった姿にポーズをとらされている標本を被写体としているこの写真と、「スライス・オブ・ライフ」を意図しながらも、緻密な構成と演出に基づいて撮られた広告写真との隔たりは、さほど大きいものではないのではないかと思われた。


こうしたことを念頭に置き、更に写真を眺めると、止まった時間の中に閉じ込められた被写体の周りを包む暗黒は、彼らの死して後、次第に次第に失われていったもののすべてのようにも思えてくる。
黒、闇、喪失感。生気はその中に溶け込み、吸い込まれ、無化されているのである。



久々に会う友人Nとの待ち合わせまで時間があったので、同時開催していた特別展示「Systema Naturae 標本は語る」展もざっと観覧。


こちらは哺乳類の骨格標本や魚類の液浸標本などがそのまま展示されていて、生物学上の分類がわかりやすいように並べられていた。


あらためて思うのだけれど、標本とされる生物体の大きさに対してほぼギリギリのサイズの瓶の中にアルコール漬けされた「液浸標本」が見る者に与えるグロテスクな印象にはすごいものがあると思う。
標本にされて時間が経過するにつれて黄褐色になる液体には、まだ何らかの生の片鱗が宿っているようにすら感じられて、通り一遍の綺想ではあるが、夜になったらあの魚たちは瓶の中で蠢いていてもさほど不思議ではないようにも思える。それが起きても意外ではない不気味さ。


ミュージアムは不思議な場所で、そうした綺想と親しくできる場所だ。
幼い頃好きだった歌の、かわいいメロディーでありながら空恐ろしい結末も、きっとそうしたミュージアムの異界性を巧みに盛り込んだものだったに違いない。


 タイムトラベル ハ タノシ
 メトロポリタン ミュージアム
 ダイスキ ナ エノナカニ
 トジコメ ラレタ


(2007年1月14日)

しばらく、お誂えな特集を組んでくれた『BRUTUS』で楽しめそうです。


BRUTUS (ブルータス) 2008年 8/1号 [雑誌]

BRUTUS (ブルータス) 2008年 8/1号 [雑誌]

異人論序説 (ちくま学芸文庫)

異人論序説 (ちくま学芸文庫)

CHAMBER of CURIOSITIES―from the Collection of The University of Tokyo

CHAMBER of CURIOSITIES―from the Collection of The University of Tokyo