日経メディアラボによる「2009年のメディア予測」
昨日24日付で、日本経済新聞社の日経メディアラボからリリースが出ています。
来年のメディア予測がなされています。
日経メディアラボは前の年の「メディア予測」で、ネット空間を居心地の良いお茶の間に例えて「人々は自分の情報発信よりも、お茶の間でテレビを見るようにネットを利用する」と指摘しました。
しかし、2009年は「ネット空間で過ごすことに息苦しさを感じる人が増える」と予測します。日経メディアラボが2008年11月にネット利用者を対象にした意識調査からも、「ネットは息抜きの場でもあるが、息苦しい場所でもある」といった傾向があらわれています。(略)
居心地の良いネット空間を求める人々の需要を狙った有料サービスが増え、無料サービスを使う人々との二極化が進むでしょう。新しいサイトが大ヒットするといった状況も生まれにくくなりそうです。
プレスリリースより抜粋.
「息苦しさ」を生む背景として、
- 「四六時中ネット漬け」とも言えるような状況
- インターネットの常時接続サービス
- 携帯電話のパケット定額制の普及
- ネット上のコミュニケーションが匿名型から実名型に移行している
- 現実の交友関係をネットに持ち込むSNS
- 携帯電話の製造番号などを使った本人認証が必要な携帯サイトの増加
- ネット空間が現実に近づいてきた
が挙げられています。
特に3つめの項目がすべてを包含するかもしれません。
現実と切り離された自由な「空間」として生み出された「サイバースペース」と
現実世界との重なりが、もはやかなり対称的になってきた過渡期ゆえの傾向。
いまやネットはネット、現実世界は現実世界、と二元的に区切られることなく
(もちろん区切られた部分も残されてはいるものの)
それぞれの地平は相互に広がり、重なり合うようになってきたわけです。
そうした流れのなかで、従来は異質であった「空間」同士が融合するにあたって、
その境界を行き来しながら生きてきた人々の「自由」という特権が失われつつある、
ということですね。
この事象の説明には「遠隔地貿易」の商人の喩えがあるいは適しているかもしれない。
遠隔地交易は離れたふたつの場所を結ぶことで、その価値の差を差益として享受するが、
ネットと現実世界が異なる世界であったときは、
そこを行き来する「ネットでの私」と「現実世界での私」の差分こそ「自由」だった。
その自由の喪失こそが「息苦しさ」なのでしょう。
ただ、一方でこれはネットの一般化が現実世界の広がりを押し広げたということもできます。
決して「息苦しさ」のみではない。
・・・などということを思いました。「予測」自体は的確だと思います。
Link:「2009年のメディア予測――ネット空間、『息抜きの場』なのに息苦しい」(日経メディアラボ)
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